他人と交渉をして物事をうまくまとめる、つまりお金や時間そして精神的苦労をできるだけ節約して交渉の目的を果たす、そのための方法については、すでに先の回でお伝えしました。その要約は次のとおりです。
まず始めに、交渉の手段には三つの要素があるということです。第1の要素は、当然のことながら「お金」です。いわゆる値段交渉です。第2の要素は「情」です。GNNつまりG=義理、N=人情、N=浪花節です。そして第3の要素は「力」です。権力、暴力、威力、圧力、気迫力などです。
交渉には相手が居ます。そこで交渉をその相手との人間関係と組み立て直して、この三要素を組み合わせることによって人間関係の「理」を現実化するという視点を得ました。
そこから交渉に臨む姿勢として「右手で握手、左手に拳銃」という言葉が出てきます。誠実に話し合いをするが、相手の出方によっては決定的な手段、つまりは訴訟も辞さないというわけです。
そして一般に交渉成功の秘訣として、以下の四点を要諦としました。
1. 交渉条件の選択メニューをなるべく拡げ
2. 相手の立場を考えながら
3. 誠実に粘り強く
4. 必ずまとめようという意志を持つ
さて今回は、交渉をうまくまとめる為に、してはいけない四つのタブーについて書いてみましょう。
1. すぐに法律、いきなり弁護士
2. コケ威しが透けて見える内容証明
3. 顔の見えない電話交渉
4. 数だけ頼む団体交渉
タブーその1「すぐに法律、いきなり弁護士」について考えてみましょう。
昔の日本のような農耕定住型の民族では、他人と表立って争うことは、それ自体「悪」であるとされてきました。隣人がいつも同じ顔ぶれの社会では「正義」よりも「和」が重んじられました。聖徳太子の「和を以して貴しとする」という言葉にはそれがよく表れております。戦国時代の大名の家法である分国法にも「喧嘩両成敗」という条文があり、喧嘩をした場合、その是非にかかわらず両方を処罰するというのが決まりでした。今の日本でも、この傾向はなお強く残っております。
交渉の基本はどこまでも話し合いにあります。そこではいたずらに「正義」を振り回して「和」を後回しにしてはいけません。正義を実現するとして、法律やその実現代行者である弁護士を、話し合いの初段階で持ち出すのは、この日本古来の「美しい文化的伝統」に抵触するというわけです。それによってかえって足元をすくわれることにもなりかねません。
タブーその2は「コケ威しが透けて見える内容証明」です。
ごく平凡に生活している一般市民にとって、「内容証明郵便」なるものを受け取った経験はあまり無いでしょう。それは、郵便を出す側がある目的を持って、つまり後日訴訟等の公式の場での証明力をもたせるために利用する意志伝達手段ですから、法的な争いに巻き込まれる恐れでもない限り、内容証明郵便を受け取ることなど無い訳です。
このことは逆に言うと、これが送られてきたということは、近い将来に法的争いに巻き込まれてしまう、訴訟の被告となってしまう、と受け止められるということです。
「内容証明」とはそういったもので、普通の人にとっては、極的に言えばイヤなもの、忌むべきものなのです。そうした恐れを安直に利用しようとする人が稀にいます。「こんな事案は内容証明一本出せば相手はビックリして、すぐに折れるさ……」といった調子です。相手の無知からくる恐れにつけこんだこのような解決法が、うまく行く場合もたまにはあるかもしれません。しかし、社会全体の教育水準が高くなっている現代は、それを受け取って恐れおののき降参する人はほとんど無いでしょう。冷静さを取り戻して「しかるべき人」に相談に行くでしょう。事は余計にこじれた上に、相手方に有力な味方をつけてしまう、つまり「コケ脅し」のつもりが「藪をつついて蛇を出す」ことになりかねないのです。
ダブーその3は「顔の見えない電話交渉」です。
これは、皆様でも日常経験されることだと思います。相手と面と向かっての話し合いならば、相手に対する遠慮、気遣いもあるでしょうし、微妙な交渉内容であれば、相手の顔色をうかがいながら、話し合いを進めることにもなるでしょう。ところがこれが「顔の見えない電話交渉」であると、そうした配慮をつい忘れてしまって、むやみに強気になってみたり、無遠慮に言い募ったりしてしまうことがあります。そして「売り言葉に買い言葉」となった挙句、交渉は決裂ということも珍しくないのです。
タブーその4は「数だけ頼む団体交渉」です。「団交」は、労使交渉などでよく使われる言葉ですが、もともと団交とは、個々では弱い者たちが強者に立ち向かうための手段の一つです。例えば地主一人の土地に借地人が複数いる借地関係で、地代値上げの問題が起きた場合、これらの借地人が結束して、団体で地主と交渉するといったこともしばしば見られます。
これは一見、社会的弱者である借地人が団結して、社会的強者である地主に立ち向かっている構図と見えます。しかし、現在の「借地法」の適用を受けている借地においてはこの法律自体によって、借地人は社会的弱者という立場から既に救済されていますから、地主の側から見ますと「強者」が束になって攻撃してきたと見えます。借地人は自分たちを弱者と思い込んでいます。しかし、地主もまた自分の立場を必ずしも強者とは思っていません。お互いが相手を強者と見てしまっています。これでは争いが拡大し、話し合いという一線を超えてしまう瀬戸際まで自分を追い込んでしまいます。
交渉は彼等の強さ弱さを冷静に判断して事に向かうことが肝要です。人数の力を頼んだために思わぬ抵抗に合い、問題の解決を難しくしてしまいかねません。「窮鼠、猫を噛む」と言うではありませんか。
人生ではあえてタブーに挑戦する場合がないわけではありませんが、交渉事についての以上の四項目は、やはりタブーとすることが賢明だと経験が教えてくれたのです。いかがでしょうか。
(株)ハート財産パートナーズ 林 弘明 |
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