私たちの日常生活のなかでは、他人と交渉をして物事をうまくまとめなければならない場面が数多くあります。簡単なところではものの値段の交渉でしょう。奥様の毎日のお買い物、例えば魚屋さんは魚1匹100円、5匹なら400円という、それでは10匹ならいくらにしてもらえるのか、といったことも一種の交渉事です。
交渉=Negotiation=ネゴシィエイション=値交渉、これを略して「ネゴ」となります。ネゴはNegotiationを勝手に縮めた言葉なのですが、値交渉という日本語のもとになっていると信じている人もいるとか。
誰にでも身近に起こり得るイヤな交渉事の一つに交通事故があります。加害者、被害者と立場の違いはあっても、長い間運転していれば一度や二度は交通事故を経験された方も多いと思います。最近の自動車保険では、SAPという商品があり、事故後の相手との交渉から保険金の支払までのすべてを保険会社が代行してくれます。保険会社の事故交渉担当者はプロですから、一切の煩わしい交渉事を安心して任せられます。
不動産に関係する日常生活のなかでの交渉事は、もしお宅の敷地が借地であれば、地主さんとの2〜3年毎の地代値上げをめぐる交渉、また地主さんの各種の承諾をもらうための交渉があります。もしお宅がアパート、借家、借店舗であれば、大家さんと様々な交渉事があります。これは同時に地主さんあるいは大家さんも同じことで、借地人、借家人、テナントの方々との交渉事があります。
私も、不動産コンサルティングという仕事柄、日常的に、お客様のご要望に従って、様々な種類の交渉を代行しております。そこで今回は、不動産特に貸地(借地)問題の交渉を通じて、日頃私の感じている「うまくまとめる交渉の秘訣」をまとめてみました。
まずはじめに、交渉手段の三要素について考えてみましょう。
第1の要素は、何と言っても「お金」でしょう。先に書きました値交渉です。支払う側は少しでも安いほうが良いし、受け取る側は逆に少しでも高い方が良いということになります。交渉をこのお金という手段だけでしか考えないとすれば、売り手と買い手とは、その損得が合計したらゼロとなる、いわゆるゼロサムゲームとなってしまい、円満な交渉解決は望めないでしょう。
第2の要素は「情」です。話は横道にそれますが、先日ある経済セミナーで講師から「これからの国際社会ではGNNが重要である」と聞いたことがありますが、「GNN」とは何のことかと思ったら、G=義理、N=人情、N=浪花節という要するに「情」のことでした。「大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然」という諺は、「情」としての人間関係を示すものとしてよく使われます。しかし、世の中、「情に棹させば流される」でして、なかなか「情」だけでは交渉−納得という状況にはならないものです。その場の情に流されて、その事の原則から大きくはずれた妥協は、結局は解決にならず、後日の新たな争いの種をまいたということにもなりかねないのです。
第3の要素は「力」です。力といっても様々な種類があります。権力、暴力、威力、圧力、気迫力なのです。どの「力」によって有利な決定を迫るかによって問題は様々ですが、いずれにしても「力」で迫って強引に交渉を成立させようとすればその場はいったん納まったかに見えても、結局最後の場面で相手の承諾を得られずに、交渉は振り出しに戻りがちなものです。そこに「力」の限界があると言えましょう。
交渉というのは、分かりきったことですが、相手が必ず居るのです。当方の交渉は、相手方の交渉でもあるのです。「お互いさま」という人と人との関係をとかく一方通行になりがちな「金」か「情」か「力」かといった一要素で押しきることにはそもそも無理があります。関係にはまず「理」が通っているのですから、その理を見据えて「金」も「情」も「力」もそこに関わらせていく、つまり実際には、この三要素を組み合わせることによって、「理」を現実化する方法が求められなければならないのです。
交渉に臨む姿勢としてよく使われる言葉に「右手で握手、左手に拳銃」というのがあります。英国の首相チャーチルが言った「戦争も外交も一手段」というのも、そのヴァリエーションでしょう。外交、つまり交渉事では平和的解決だけでなく、戦争も交渉実現の手段として考慮しておく、つまり「平和」を平和に実現するのが本来の外交だが、「平和」を戦争によって実現することもある。この平和的な話し合いをしながらも、万一話し合いが決裂した場合は、一戦も辞さずというのは交渉事に臨む基本姿勢です。
さて借地関係の交渉においても、これをチャーチル風に言えば「訴訟も話し合いの一方法」ということになります。訴訟を極端に嫌がる人がたまにいますが、訴訟を望んではいけないにしても、必要以上に嫌がったり恐れたりしてもいけないのです。
交渉成功の秘訣をまとめましょう。
1. 交渉条件の選択メニューをなるべく拡げ
2. 相手の立場を考えながら
3. 誠実に粘り強く
4. 必ずまとめようという意志を持つ
1番目の「選択メニューをなるべく拡げ」るとは、@できるだけ多くの判断材料を持つこと、A交渉内容として提示するものに自分の側に幅を作っておくこと、B交渉手段の三要素、金、情、力の組み合わせを意識することです。
たとえば貸地(借地)問題で、同じ底地を買取ってもらう交渉でも、底地値段の高い安いだけでなく、次に来る契約期間更新のことを一緒に検討する、また、もし家が老朽化していれば建替え承諾についての条件を同時に盛り込む。いっそのこと、底地を買取ってもらうのではなく、逆に相手の借地権をこちらが買取ってしまう案も提示してみる。どうしても、売るもだめ、買うもだめといった場合、現在借地している当人一代限りでその土地を返還してもらう方法を講じるといった考えも重要になります。
2番目の「相手の立場を考えながら」ですが、これはいわゆる道徳的に言い方でなく、立場を逆にして自分が相手側だったらどういう態度で交渉に臨むか、相手(自分のこと)をどう攻めるかということを、現代風に言えば、ゲーム感覚で互いの立場を入れ替えて考えるということです。この「ゲーム感覚」ということが重要です。そこには一定のルールや基準はありますが、善悪といった道徳的価値観をやたらに持ち込まないことが肝心です。自分側から攻める、守る、反対側から攻めてみる、守ってみる、これがシミュレーションの世界です。ここでは「相手の立場」というのは相手の自己実現を図るのではなく、あくまでも自分の自己実現を図る場としてあるのです。
3番目の「誠実に粘り強く」と4番目の「必ずまとめようという意志を持つ」は読んで字の如くです。交渉事は、めげず、ふてらず、あきらめずの「三途の川」を見据えて、愚直なほどに、根気よくまとめようとすれば解決への道は必ず開かれるものです。
(株)ハート財産パートナーズ 林 弘明 |
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