相続が分割をめぐって「争族」となるのはその遺産の多寡によるものではありません。幼い頃からの「兄弟姉妹仲の良し悪し」を下敷きにして、兄弟姉妹各々の現在の経済的懐具合、その事情を踏まえて兄弟姉妹各々の配偶者等の援軍の旗振り度合いによります。こうした事情に大義名分の「理屈」を与えるのが、一般的に「親の面倒」と「跡取り長男意識」です。
「親の面倒」ですが、「面倒」という位で、場合によっては、正直、それは面倒なことなのです。昨今、上手に死ぬのが難しい時代となりました。寿命は世界一の日本ですが、最後まで健康に生き続けることは大変難しいものです。「寝たきり」とか、「ボケ老人」となった親を抱えての生活は、愛情問題は別にしても、実際相当大変なものです。もちろん日常の世話だけではありません。継続的な精神面のケアも必要でしょうし、その上経済的な負担も相当になるでしょう。
この「親の面倒」の対価が、現在の民法の均分相続では反映されにくいのが実情です。ここに「親の面倒」をずっと見てきた「長男の嫁」、あるいは長男が家を出ていて「実の娘」がそれをやってきた場合の「彼女」の遺産分割に際しての「争族の理屈」の根拠があります。
今の日本では、良くも悪くも「○○家の跡取り」は一般的に長男であり、たとえ本人がそれを認めずとも世間はそう見ます。まずは、親の葬式から始まり、一周忌、三回忌等の仏事あるいは神事の施主となり、また親戚の冠婚葬祭には好むと好まざるに係わらず「招かれて」しまいます。そしてその都度の時間と労力、そして経済的な出費は何十年の単位で考えると、これもまた相当な負担となるでしょう。また今でこそ嫁に行った姉や妹が離縁したといっても、そのまま実家に出戻りしてしまう訳でもないでしょうが、万一そうした場合、本家の跡取り長男は、彼女を見捨てる訳には行きません。そうした時の「保険」として長男は相続財産を他の兄弟よりも少し余分にもらっておく必要があるでしょう。ここにも長男が新民法の均分相続を受け入れ難いとする理屈の根拠があります。
いずれにしましても「ウチの子供たちに限って相続争いは起こさない」というのは親の願いであっても、現実にはその願いがかなわない場合も少なくありません。
今回のお話しもこうした難しさが予測される例の一つです。
先日私のところへ、幼友達が訪ねてまいりました。彼女は結婚に一度失敗し、子供を一人連れて実家へ戻っていました。両親は幸いお元気なのですが、ご両人とも80歳に近く、今までも「親の面倒」は彼女が見てきたのですが、今後は今まで以上に手がかかりそうな気配とのことです。兄弟は兄が一人で、もう立派に他所に家を持たれて自立しています。しかし二人兄妹は昔から折り合いが悪く、万一相続が発生したら遺産分割でもめそうです。父母は自分達の死ぬまでの面倒をやはり実娘(妹)に見て欲しい。そこで自分達の居なくなった後の娘の行く末の経済的な面を配慮して、現在の実家の土地・家をすべてこの実娘(妹)に譲りたいと願っています。しかしこうした親の願いを阻害するのが、現在の民法の均分相続の規定なのです。
法律は、「親の願い」を遺言によって相続財産の1/2までは叶えさせてくれます。しかし「遺留分」としての残りの1/2に対しては、法定相続人の法定相続分を確保させます。つまり相続財産の1/2の1/2(兄妹二人なので兄の相続分は1/2)の1/4については仲の悪い兄の手に渡ります。これを避けるためには、親の生前に「遺留分放棄」という手続きによって兄が相続放棄してもらうか、あるいは相続発生の時点で、分割協議によって兄が相続放棄してくれるかという方法しかありません。
分けるべき財産が、たくさんあればそれでも良いのでしょうが、わずかな自宅の土地と家をこうしたかたちで、兄に1/4でも共有されてしまうと、兄の出方次第では、その土地を売って、その代金の1/4を兄へ手渡さなければならなくなります。
今回の相談はこうした事態を避ける予防手段はないものかということでした。何百万円という譲渡所得税や贈与税を支払うつもりなら、生前に父が娘に、この土地・家を売却あるいは贈与しておくことも考えられます。しかしそうした多額なコストをかけずに所期の目的を達する方法はないものだろうか、というのが彼女の質問です。
そこで私が提案したのは、定期借地権を使う方法です。
まずはじめに、同地にある建物を、娘が父から買い受けます。古い建物で評価は低いので、年収がいくらもない娘でもなんとか買えます。次の借地借家法第22条に規定される一般定期借地権による土地賃貸借契約を父と娘が結びます。契約期間は法律では50年以上となっていますが、100年が良いでしょう。最後に年1回払いで税法で許される最低地代を娘は父に支払います。対策の具体的な手続きはこれだけです。
さてこうすることによって事態はどうなるのでしょうか。
そもそも「定期借地権制度」の主旨は土地の所有権と利用権の分離にあります。土地所有者は所有権を維持しつつ、その土地の有効活用を図り、土地の借地人は過大な土地購入の負担無しに、その土地を利用することができます。つまり一つの土地の「所有権」と「利用権」が有効的かつ友好的に分離できるわけです。
今回はこの制度を利用して、遺産分割で争いとなり、その土地・家の「所有権」の何割かが仲の悪い兄にとられてしまっても、100年の定期借地権を生前父と締結しておくことによって「利用権」は100%妹自身が確保しておくことができることになります。この対策をとった後、かりに遺言を残さずに相続が発生した場合、その土地の所有権は1/2兄の手に渡ります。その法的な関係は次ページの図のようになります。
つまり、妹は家の所有者であり、かつ定期借地人です。そしてその土地の1/2の地主でもあります。兄はその土地の残りの1/2の地主となります。
こうなってしまうと、兄としては怒鳴っても、わめいても、その土地についての完全所有権の行使はできません。兄の持つ法定相続分の1/2共有所有権をたてにとって、それを第三者へ売却してしまうとか、土地の共有持分の分割請求を要求して、その上の建物を取り壊させるとかは、事実不可能となります。それでは土地で分割してもらえないのなら、その土地の価値分だけお金で代わりに妹より支払ってもらう方法、いわゆる相続財産の代償分割の要求ですが、妹としてはこれに応じる義務はありません。先述のわずかな地代の1/2を兄へ定期借地権の契約期間中支払い続けていれば良いのです。
定期借地権というのは、その名のとおり「定期」であり、その期間を50年と決めれば50年後に本当にその土地を更地にして地主に返還しなくてはなりません。今回の場合、妹は再婚せず終生この土地に住むとすると50年契約では短いでしょう。老後の面倒を見てもらう子供の代まで考えると、誰にも邪魔されず、意地悪もされずに親子二代が安心して住み続けられる期間ということで100年にしました。
こうした「争族」への対策を準備しておけば、相続発生時、兄との話し合いで妹が支払える範囲の金銭提供という代償分割で恐らくけりがつくものと思われます。逆に、こうした対策は、そのような「和解」を促す便法としても有効なのです。
「兄弟姉妹は他人の始まり」とはいえ、「兄弟姉妹相食む」ことのない様、子供の頃からお互いに仲良くしておくのが賢明と思いますが、皆様はいかがお思いでしょう。 (株)ハート財産パートナーズ 林 弘明
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