「泣く泣くも良い方を取る形見分け」とは、親の死を悲しみながらも、少しでも良いものを形見に貰おうと選んでいる子供達で、人情の機微をついてついニヤッとしてしまいますが、現在の遺産分割となると、とてもそれどころではなく、少しでも得をしようと骨肉相食むといったすさまじい場面も少なくないようです。しかし、どれが得か単純に見ただけでは判らないのが今の相続財産です。
たとえば次の場合、あなたはどれを選んだら一番得か、お分かりになりますか。
(1) 現金1億円
(2) 時価1億円の土地(親代々所有していたもの)
(3) 時価1億円の土地(バブル最盛期に1億5千万円で買ったもの)
どれを選んで遺産分割を受けても相続税評価額が同じとしたら、納める相続税は同額となります。その上で、どれを選んだら一番得かを考えてみましょう。
(1)は、現金1億円は1億円ですからひとまずおくとして、(2)と(3)の「時価1億円の土地」については少々検討すべきことがあります。まず(2)の土地ですが、親代々所有していたものであれば、その取得費(原価)は不明ですから、税務上その時価の5%とみなされます。原価5%であれば、500万円となり、時価1億円の土地ですから、9500万円が「含み益」ということになります。(3)の土地は、同じ時価1億円の土地といっても、バブル最盛期に1億5千万円で買った土地ということですから、5千万円の「含み損」がある訳です。
もし、あなたがこの時価1億円の土地を売らずに、利用するつもりならば、(2)と(3)はどちらも同じ価値であるし、また現金1億円にしても、相続を受けた後時価1億円相当の土地を購入して、その土地を利用するならば(1)も他の二つと同じ価値ということになります。
しかし、あなたが(2)ないし(3)の土地を売却して、現金化しようとしたならば、それによる結果は随分と違ってくるでしょう。
(2)の時価1億円の土地を売却した場合、あなたは「含み益」という美名(!)のもとに実質的に含み損である譲渡所得税約2500万円を支払わなければなりません。あなたの手元には約7500万円しか残らないのです。つまり、(2)の時価1億円の土地というのは現金としてみると7500万円ということなのです。
(3)の時価1億円の土地を売却した場合はどうでしょうか。この土地はバブル最盛期に1.5億円で買ったものであるということですから、時価1.5億円のものを売価1億円で売ることになり、税務上の申告は売却損5千万円となります。そこで形の上では損をした土地ですから譲渡所得はゼロで、税金はありませんのであなたの手元には1億円そのままが残ります。そして、もしあなたがその同じ年度に、あなたの所有の他の不動産を売却して譲渡所得が出た場合、先の時価1億円の土地を売却して出た売却損5千万円と、その譲渡所得は損益通算できるので、あなたはこの分に対応する税金を得します。つまり、(3)の時価1億円の土地は現金にしてみると1億円ないしそれ以上ということになります。
相続土地売却金1億円−原価1.5億円 =売却損5000万円・・・・@
他の土地を売却した場合の譲渡所得 =売却益5000万円・・・・A
A−@=0
この「他の土地」が長期所有(5年超)の場合、売却益5000万円−Aに26%の所得税が本来なら課税されますが、相続した土地の売却損5000万円−@と損益通算されますので、本来課税分5000万円の約1/4が節税となる訳です。
3つのうちどれを選ぶと得なのかは、各々の相続人がその相続した財産(1)(2)および(3)を、相続した後どのように利用あるいは処分するのかという個別の事情によって異なってくるのです。
たとえば、ある相続人が現金の資産運用によって利益を得ようと思った場合、(1)の現金1億円が最も得となります。また、ある相続人は、その土地の立地を活かして商売をして儲けようとするならば(2)あるいは(3)のうち、商売上、都合の良い方の土地が良い訳です。そしてまた他の相続人は、この際自分の持っていた他の土地と、相続した土地の両方を売却して、新しい土地に買い替えようと思った場合、(3)の含み損5000万円を持った時価1億円の土地が一番得となります。
さて、いかがでしょうか。一見同じに見えたものが、実質はこれほど大きく異なっていることに驚かれた方も居るでしょう。
相続が発生した場合、遺産分割をどのように決めるかは、遺言がなければその相続人達が協議して決めるのですが、兄弟相争いながらお互いに自分ばかり得をしようとして、綱引きするということなく、前述のように、相続人それぞれに各々の事情の違いがあることでしょうから、その事情に合わせながら、誰がどれを選ぶかを決めることが相続を「争族」としない為の最も好ましい知恵のある分割となるでしょう。
(株)ハート財産パートナーズ 林 弘明 |
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