借地の地主が国になる!とは、借地の地主さんに相続が発生して、その相続税納付で借地の底地を国へ物納するということを意味します。いわゆる「底地(貸宅地)物納」です。
地主にとって、底地物納は相続税納税のための最大の戦略的対策です。しかし、地主が借地人のいる貸宅地(底地)を物納するということは、借地人にとってみれば、その底地を国へ物納されてしまう、つまり地主が国になるということにほかなりません。
底地物納では原則として借地人の「許可」は不要です。しかし、土地賃貸借契約書が無い場合は作らなければなりませんし、契約書があっても借地名義人が既に死亡している場合、生きている真の借地人の名義で改めて作り直さなければなりません。
また地代が周辺相場より安ければ、その値上げが必要ですし、複数借地人が隣接している場合は、それらの借地人同士の借地境の承諾印も必要となります。さらに契約書があっても、地主に不利な特約があれば、それを削除しなければなりません。
これらの一つ一つに借地人の印をもらわなければなりません。この借地人の「承諾印」が底地物納のための借地人の事実上の「許可」となってしまいます。
ですから、「底地物納」は地主にとって、たとえそれがどんなに有利であっても、借地人にとっても、それがメリットのあることでなければ気持ち良く印を押してくれないでしょう。まして借地人にとって非常なデメリットを伴うことであるならば、日頃の人間関係が極めてうまくいっていない限り、その印を押してはくれないでしょう。
今回は借地人にとっての「底地物納」のメリット・デメリットについて説明しましょう。
その前に地主にとってのそれをおさらいしてみます。地主にとっての「底地物納」のデメリットから先に述べますと、それはありません。地主にとっては、相続税納税の為の「底地物納」はメリットこそあれ、デメリットはありません。
もちろん、先祖代々所有してきた大事な土地を手放すのですから「デメリットがない」といえば多少の不満もあるでしょう。しかしこの「底地物納」は相続税納税の為の他の方法と比較して考えた場合、メリットこそあれデメリットはないという方法なのです。それではそのメリットをいくつかあげてみましょう。
その第1は底地を最も高い価格で処分することができるということです。現在のように地価相場が概ね相続税評価額と同じになってしまい、またたとえ更地でも、その相場ではなかなか売却換金が難しい時代に、「底地」は相続税評価で平均的住宅地の場合、更地の40%とみなされて相続税課税されますが、これを売却換金しようとした場合、こんな高い値段ではほぼ絶対に売れません。
底地は、他の一般の不動産と異なり、売却しようとした場合その上に居住している借地人に買ってもらうか、二束三文でプロの底地買い専門業者へ売る以外通常では方法はありません。しかし幸いにも相続税の世界だけは別でして一定の条件さえ整えば、評価額と同一の価格で国は底地を引き取ってくれるのです。
具体的な数字でみてみましょう。
坪当たり@100万円の土地50坪の貸宅地があったとします。それの相続税評価額は@100万円×50坪×40%(底地の割合)=2,000万円となります。
そしてこの2,000万円に対して相続税が課税されます。しかしこれを第三者へ売却しようと思えば、そしてその第三者とはプロの底地屋しかいませんが、その価格は概ね@100万円×50坪×10%=500万円です。
もし、その借地人がこれを買ってくれる場合(売ってあげるのではありません)、概ね2,000万円×70〜80%=1,400万円〜1,600万円くらいでしょう。
ところが国が物納として受け取ってくれる価格は、その評価の満額の2,000万円なのです。
これをお読みの方の中には、「国が2,000万円で評価して、それに相続税を課税しているのだから、その同じ国がそれを物納として受け取る際に、その同一の2,000万円は当たり前だ」とお思いになる方もいらっしゃるでしょう。しかし、実際には、通常に売却しようとしても売れるはずもない高い値段で評価しておきながら、その物件が物納の為の適格条件をクリアできない場合、物納不可となります。むろん不可となったからといってその評価額が下がる訳ではありません。こうして考えてみると、その底地が物納できるということは、国にむかって底地を最も高い価格で売却処分することができるということなのです。
第2のメリットは、物納とは、その評価額で売却するのと同一の事であるにもかかわらず、「売却」した際の譲渡所得税が一切不要であるということです。相続税支払いの為に相続した不動産を一定期間内(相続税申告期限後3年間)に売却した場合は、相続税取得費加算の特例が適用され、その所得税がある程度軽減されます。しかし物納の場合はこれが一切ゼロとなります。
底地物納の地主のメリットは、地主にとっての三大不良資産、貸宅地(底地)、古貸家、古アパートのうちの筆頭であるこの底地を、最も高い値段で、しかも無税で国へ、売りつけることなのです。言い換えれば、相続税という借金の代物弁済なのです。
さて、地主にとってこんなにすばらしい「底地物納」も借地人の理解と協力が得られないと、それがうまくいかない場合が出てきます。
それでは借地人にとって「底地物納」のメリット・デメリットはどうでしょうか。
国が地主になったからといって、民法上の借地人の地位は民間地主の場合と基本的に変わりません。しかし、国であるが故の借地人にとってのメリット・デメリットをいくつか上げてみましょう。
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メリット |
デメリット |
1. |
人情不要 |
1. |
人情味無 |
2. |
地代安い |
2. |
地代値上げ率高い |
3. |
底地買い何時でも可 |
3. |
底地買い値段高い |
4. |
更新料不要 |
4. |
更新料・各種承諾料将来に向かって不明 |
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5. |
借地・底地の等価交換不可 |
順次説明していきましょう。
第1のメリットですが、これはデメリットの1番目と裏腹な関係にあります。「借地」の難しさ、煩わしさは何といっても地主との人間関係です。借地関係での長い年月には、ちょっとした気持ちの行き違いによって、人情面でのトラブルが生じるものです。
しかし底地が物納されて国が地主になってしまうと、そうした煩わしい人情問題が一切無くなります。これは借地人にとって、非常に大きなメリットでしょう。しかし、反面「大家は親、店子は子」という人情味の世界も同時に無くなります。「遠い親戚より近くの他人」ですが、いざといった場合、地主さんにものを頼むといったことも出来なくなってしまいます。
次のメリットは地代が安いことです。国が底地を物納で受け取る際の地代の基準は、周辺地代相場の7〜8割以上と言われていますので、従来それ以下の地代しか支払っていなかった借地人は、若干高くなってしまいますが、それは今までが安過ぎたということであると思います。借地の地代は、その土地をほぼ「永久」に利用することができる権利の対価としては周辺地代相場であれば、非常に安いものであります。
国地主になった場合の地代についてのデメリットは、地代の値上げ率が民間地主より高くなると予想されることです。これについては、今日現在のところ、あまり多くの事例がないので、確かなことは言えませんが、今後の固定資産税都市計画税の値上がりペースで地代も値上げされていくものと思われます。
固定資産税等の値上り率は平成5年から毎年7.5%平均です。民間地主ではとてもこんな高い率で地代値上げはできないでしょうが、国地主ならば「お役人感覚」でそれを行うかもしれません。
3番目のメリットは、国地主になると、その底地の払い下げ、借地人から見れば底地の買取りですが、これが、借地人が望む時にいつでも可能となります。国地主は、その土地に借地人が居る限り、原則的にその借地人以外の第三者へは、底地を売却しません。
また国としては、なるべくそれを換金したいと望んでいるわけですから、借地人に対して買取り勧奨をしてきます。借地人は、お金の準備が整ったら買えば良いし、お金が無い間は、買わずに国を待たせておくことも出来るわけです。
しかし反面のデメリットとしてその価格は、民間地主の場合に比べて若干高くなるでしょう。民間地主ならお互いの値交渉でその時価評価の2〜3割を値引きしてもらえる場合も多いのですが、国地主の場合は、払い下げ時点の「時価」であり、その基準は公示価格となるでしょう。
4番目のメリットは、現在のところ国地主の場合、借地契約の更新料は不要です。しかし更新料も含めてその他の各種承諾料について今後どうなるのか、不明な点が多いのがこれについてのデメリットです。
最後にデメリットの5番目ですが、借地関係を解消する場合の手法の一つとして、民間地主なら敷地を一定割合で引分け借地底地を等価交換するというものがあります。しかし国地主ではこれが認められません。もし、この敷地を一定割合で引分ける方法が借地関係解消に使えそうな場合は、地主が国へ底地を物納する前に、地主さんと交渉をして、交換してしまうことをお奨めします。
さて、このように国地主の場合、民間地主に比べて良い面悪い面がありますが、総じて言えば、借地人にとっては国地主のほうが民間地主より有利でしょう。万一、あなたの地主さんに相続が発生して、運良くあなたの借地の底地を相続税支払いの為に物納するということになり、そして、それに必要なあなたの印を地主さんが求めてきたら、たとえ今までどのような恨みがあろうとも、それをこの際「江戸の仇は長崎」などと考えて、「印を押さない」などと突張ってはいけません。
「地主さんが困っているのだから、ここは地主さんの為に」などと考えなくても、国地主があなたにとって有利か不利かを自分自身の損得の立場から考えて判断しましょう。そうすればおのずから「気持ち良く」その印を押すことになるはずです。
(株)ハート財産パートナーズ 林 弘明
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