いざとなっても大丈夫?
遺 産 分 割

  「子孫の為に美田を買わず」とは、子供に財産を残すと安楽な生活を当然と思い、努力することを忘れてしまう。それはかえって子供のためにはならないという考え方です。
しかし、お金に苦労してきた親ほど、自分の子供にはこの苦労を味合わせたくないと思い、「子孫の為に美田を残す」事になってしまうようです。子供の幸せを願う親心というのは微妙なものです。
多くの「美田」を残した親が死ぬと、悲しむ暇も無くやらなければならないのが「遺産分割の協議」と「相続税の申告・納税」です。
遺産分割も、法定相続人が一人あるいは母一人子供一人ならば、ほとんど問題は起きないでしょう。しかしこれが子供数人となると、なかなか難しいことになります。
「泣く泣くも良い方をとる形見分け」程度の話ならば、草葉の蔭から見る親も舌打ちするくらいのことでしょうが、これが骨肉相食む「争族」となってしまいそうだとなると、親としては死んでも死に切れない思いでしょう。
「うちの子供達に限って遺産分割の争いなどは無い」と思うのは親の思いではあっても、必ずしもそれが現実であるとは限りません。
戦前の旧民法の家督相続思想を持つ親に躾られた「跡取り息子」の長男と、戦後の新民法の均分相続を学校で教育された他の兄弟姉妹達が、各々に配偶者とその子供達という援軍が付いて、親の残した「美田」の分割の話をするのですから、これが円満にいくと思う方が少々甘いのかも知れません。
さて、この「遺産分割協議」と「相続税の申告・納税」には深い関係があるのです。相続税の申告は、相続が発生してから10ヶ月以内に行わなければいけません。そして相続税支払いの必要のある場合は、この法定期限までに納税しなければならないのです。(相続税の申告は、相続財産が相続税法に定める基礎控除を超える人以外は原則として不要です。)
そして、この相続税の申告書には、遺産分割協議書を添付します。また相続税の申告も納税も、この協議書に基づく分割に従って各人毎に計算されて行われます。
ですから、法定期限までにこの分割協議が相続人間で整わない場合、相続税の申告・納税が出来ないことになってしまいます。こうした場合は、全相続人が法定相続分に従って分割を仮に受けたことにして、各人毎の税額を計算して納税することになります。そして後日、分割協議が整ったら、その新しい分割に応じた相続税を各人毎に計算し、即払い分との過不足を精算します。
しかし、「相続」が「争族」となった仲の悪い子供達に対して、国は次のような罰を与えます。

<遺産未分割申告のデメリット>
(1) 配偶者控除特例の適用不可
(2) 小規模宅地評価減特例の適用不可
(3) 相続税取得費加算特例の適用不可
(4) 物納不可

(1) について説明しましょう。相続税法では、法定相続人の中で配偶者(多くの場合、妻)を大変優遇しております。夫に先立たれた妻は、相続財産のうちの法定相続分(子供と分ける場合は全財産の1/2)、あるいは1億6,000万円のいずれか多い方の金額までについて、それを相続した場合は無税となります。この特例は、永年夫婦として連れ添い、共に苦労し、また助け合ってきた妻の功績に報いるためのものでしょう。遺産分割協議が整わない場合、この配偶者の控除特例が使えません。
(2) 小規模宅地評価減特例とは、簡単に説明しますと60坪までの居住用もしくは100坪までの事業用の土地は相続税を計算する際、財産評価額からその80%を減額するというものです。坪単価の高い土地で事業したり居住したりしていた場合、相続税の計算では非常に「得」をすることになります。坪100万円の土地60坪で6,000万円となりますが、これが6,000万円×(1−0.8)=1,200万円として評価されます。坪500万円の土地ならば60坪で3億円のものが、6,000万円の評価となる訳です。(注:上記例は、平成15年以前のレポートです。平成22年4月から小規模宅地の特例を適用できる条件が厳しくなっております。詳しくは、国税庁のHPをご覧下さい。)
この特例は、国民の経済生活の基礎となる財産を保持できるようにする為の配慮です。これも分割協議が整わない場合は適用不可となります。
但し、(1)と(2)は、分割協議が申告期限後3年以内に成立した場合、即納相続税は還付されます。
(3) 相続税取得費加算の特例は、相続税を支払う為に相続した不動産を売却した場合、通常の不動産譲渡取得税が大幅に軽減されるというものです。この特例も分割協議不成立の場合は、適用不可となります。
但し、(1)(2)と同様3年以内に協議が成立した場合は適用可となります。

(1)(2)(3)については、兄弟喧嘩も3年以内は大目に見てくれていますが、(4)物納については、このような猶予期限は一切ありません。相続税申告・納税の法定期限までに遺産分割協議が整わない場合、相続税を物納によって支払うことが完全に出来なくなります。
相続税納税の為の物納という方法は、バブル崩壊以前には、特別な場合を除きあまりありませんでした。なぜなら、土地は物納の為の評価額より売却する時の相場の方がはるかに高く、かつ、売って換金しようと思えば容易に出来たからです。
しかし、今日、土地の評価は物納評価額も売却相場額もほぼ同一であり、また売ろうと思っても簡単に売れない時代となりました。
多額な相続税を支払わなければならない資産家にとって、「物納」は相続税支払いの方法として最も重要な戦略なのです。
そして兄弟喧嘩をするような相続人達は、この「物納」という納税方法を使うことが出来なくなってしまうのです。法定期限までに遺産分割の協議の整わない場合、相続人達は税務上の大きなデメリットを受けることになります。
このような事態を避け、「相続」を「争族」にさせない為の方法は、次のようなものでしょう。
第一には遺言です。遺言の方法には幾通りかありますが、いずれの方法をとるにしろ、これは厳格な法律行為ですので、遺言を書くなら専門家の指導に従って、法律的に間違いのないやり方で行うことをお奨めします。せっかく作成した遺言の法律要素の不備によって「争族」が更に大きくなってしまった例もありますので、くれぐれもご注意下さい。
さて第二の方法は、本人が生前から常々その相続人である家族に対して自らの考え方を伝え、相続人達の遺産分割についての共通認識作りをしておくというものです。この場合、本家跡取りの長男重視の分割であるか、新民法の均分相続であるかは問題ではありません。親の生前に、親子全員で将来の遺産分割について話し合い、互いにそれを認め合っておくことが重要なのです。
遺産分割という経済問題について、遺言という法律面と、家族の合意という人情面の二つの側面から、「争族」とならないようにしっかり支えておきたいものです。
いずれにしても、相続税を支払う必要のある資産家はいざとなっても大丈夫なように、遺産分割については生前からしっかりその準備をしておくことが肝要です。

(株)ハート財産パートナーズ 林 弘明


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